スマホで”朝生”第3弾~AI時代の幸せな生き方~の感想と考察(下)

アメブロより引越し

初投稿2017年4月2日 最終更新2018年5月27日

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議員は必要か

堀江は国会の本会議はただのセレモニーでしかないと主張していた。それに対し小西は、98%はセレモニーだが残り2%は大事な議論の場であり、最後の砦となると反論していた。Wikipedia:本会議によれば、本会議とは最終的な意思決定が行われる場である。しかし、その内実は松井孝治の意見を見ても形骸化していると言わざるを得ないだろう。


更に堀江は、議員の存在にも懐疑的なようであった。それに対して豊田真由子自民党衆議院議員)は、議員が本会議の前に各委員会で議論を尽くして法案を作っているのだと議員の存在意義を主張していた。しかし、堀江によれば法案は大半がテンプレートであり、AIで作ることも可能なのではないかと指摘する。これには両議員とも際立った反論ができずにいたが、現状AIは言葉の意味を理解しておらず、特に抽象的な概念は苦手だとされる。3月24日放送NHK教育『人間ってナンだ?超AI入門』にて、東京大学大学院特任准教授・松尾豊は対話型ロボットに触れて以下のように述べている。

根本的にできていないのは言葉の意味を理解するっていうところで、結局コンピュータにとってはなんかのこう文字列をですね扱っているだけなんですよね。

NHK教育『人間ってナンだ?超AI入門』より

会話が成立しているように見えるプログラムも、多くの会話パターンから確率的にありそうな返答を返しているに過ぎない。したがって、現状では法案の雛形作りといったサポートとしてなら導入できるかもしれないが、直ちにAIに法案作りを任せられる訳ではないだろう。ただ、(上)の記事でも述べたように、やはり想像しておくことは大事だろう。将来の議員の役割は公平・中立なAIをどう作り、どう評価するかを考えたり、AIが提示した案から最終的に決定したりするものに変化するかもしれない。


議員の仕事としては、有権者の声を聞くということも挙げられるだろう。議員2人はこの時ばかりは与野党の壁を超えて、直接人に会って窮状を聞くことの重要性を訴えていた。対してまたも堀江はそのような手法を古臭いと断じ、スマートフォンで集めればいいと提案していた。

議会制民主主義と世論

記憶が曖昧なのだが、池澤あやか(タレント・プログラマー)が「スマホで直接すれば・・・」というような発言をしたことに対し、田原が「今彼女が危険なことを言った!」と声を荒らげる一幕があった。恐らく田原は直接投票するという意味で受け取り、議会制民主主義を軽視したと捉えたのだと思われる。池澤は国民からの陳情をスマホで直接集めたらどうかという主旨だったのかもしれない。


いずれにせよ、いくら国会が形骸化していたとしても、重要な法案を巡って国民投票を行えばいいとは限らないだろう。与謝野馨の考えを見ると世論は絶対的なものではないことが分かる。イギリスのEU離脱においては感情に訴えた扇動家の存在が指摘された。民主主義と大衆迎合主義は切っても切り離せない関係にある。国会は形骸化しており、国民からすれば通り一辺倒の話し合いをしているだけの存在に見えている。直接国会中継を見るような政治マニアは春香クリスティーンくらいのものだ。したがって、政治の話題は専らメディアを通して得ることになる。しかし、テレビメディアは政治をバラエティショーとして扱い、スポンサーに不利になることは報じない。そしてここにきてインターネットメディアの信頼性も揺らいでいる。ワールド・ワイド・ウェブの発明者であり、マサチューセッツ工科大学(MIT)教授のティム・バーナーズリーは危機感を抱いているようだ。

真偽よりもクリックしてもらえる内容が優先され、「フェイク(偽)ニュースが野火のように広がる」土壌になっているという。

 さらに、この個人に合わせて内容を変える「ターゲティング」は、政治広告に応用されているという。(中略)今や人々が自分の興味の範囲内の情報に触れるばかりになり、「サイロ化している」との危惧を口にした。

2017年3月28日 朝日新聞より

3月22日放送NHK『放送記念日特集 今 テレビはどう見られているか』では、若者たちがどのように情報に接しているかを調査していた。若者の視聴スタイルはトリプルスクリーンに象徴されるように、テレビ、動画共有サイトSNSツイッター、ブログなどから発信される大量の情報の中から、要点だけを掻い摘んで同時並行的に迅速に処理・消化するものであった。このスタイル自体が問題かどうかはまた別としても、少なくとも主要な情報源がネットメディアに移行していることは明らかである。先のバーナーズリーの指摘を踏まえれば、いかに多角的に正確な情報に触れられるかという情報リテラシーが求められているのだと思う。そこが十分でない状態で国民が直接ものごとを決めるというのもリスクが高いと思う。


自分自身も振り返って恣意的に論理をつなげていないか、自分に都合のいい専門家の話を引用していないかと反省する。新聞が1社だけなのも良くない。

新しい政治システム

田原は落合に向かって、「あなたたちが作らなければいけないんだよ。」と言っていた。ここで作らなければいけないとされているものは、新しい政治システムである。田原への直接の返答ではない(と記憶している)が、落合の「今の国会には国会自体をアップデートする仕組みがない。」という発言は印象的だった。アップデートするには憲法の改正が必要なのだが、時代の変化に合わせていくには、そういう意味での憲法改正は一理あるだろう。


個人的には情報公開の透明性を高め、検証可能性を高めることが重要であると思う。社会にとって有益な情報を開示した人を評価するべきだ。例えば、単なるパフォーマンスだという指摘もあるが東京都の公益通報制度や、導入が検討されている司法取引の考え方など、情報を公開した者が擁護され、あるいは評価されるような仕組みが必要だろう。また、少し趣は異なるかもしれないが、アイムソーリー法の考え方も参考になると思う。謝った人が不利にならない仕組みが円滑な問題解決にとって果たす役割は大きいと思う。これらは人間の心理から考えても有効なのではないかと思われる。当然嘘を言えば偽証罪に問えるのであるが、その為には証拠に基づく裏付けが欠かせないのであり、したがって、証拠となる文書管理の徹底が求められる。後から検証できるかどうかが重要である。ここに技術が一役買ってくれないかと期待する。バレる仕組みになっていれば嘘も吐きづらくなる。

思うに森友問題においても本質は同じであると思う。官僚は自分に不利になる発言はしない。なぜなら汚点が昇進に大きく影響するからである。彼らにとっては黙ってやり過ごすこと、つまり保身が最も有効な手段となっているのである。安倍昭恵夫人を巡って水掛け論を展開していないで、議員の皆さんが公文書の管理体制の見直しや情報公開の透明性向上に尽力してくれるよう、祈ります。


また、租税制度についても、現在のような間接的に一旦集めてから分配する方式に対して、落合、堀江、米良はるか(READYFOR代表取締役CEO)を中心に、どこにどう使われているか分かりにくいという批判がなされた。クラウドファンディングなら自分が応援したい人を直接資金援助することが可能である。

 


思えばここ数年で、我々の身近にある普遍的なものだと思い込んでいたものがプログラムによって表現され始めている。お金はビットコインへ、ドライバーは自動運転システムへ。国会や議員がコードによって表現される日が来るのだろうか。堀江はサピエンス全史から麦が人類を支配していたという興味深い視点について述べていた。もしかしたらAIも「もっと”私”を育てなさい。」と思っているのかもしれない。